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2011年8月

2011年8月31日 (水)

インターハイ、全て終了

本日、インターハイの打ち上げが行われ、インターハイが終了しました。

この会は、運営の皆さんの慰労会と震災により宮古市から急遽、実行委員会を本荘にうつし、ご本人自身も本荘市に住みこみ開催のかじ取りに奔走された、宮古商業高校の柿崎先生の送別会も兼ねてました。 
こうして、由利本荘市、北東北だけでなく、東北六県の運営チームで行ったインターハイは成功のもとに終わりました。

慣れない地で奔走された柿崎先生本当にお疲れ様でした。こういう年に高校生に晴れ舞台を作ってあげられたことはすばらしいことだったと思います。

インターハイは4日間、全7レースを終了しました。
初日は、10mオーバーのガスとと2mの波でキャンセル。
2日目は、前日からの大雨で大量に流れ込む流木や、強烈な風上からの潮と何度も来るシャワー、たまに来る強いブローの中、なんとか3レースを実施。
3日目、前日とは、反対にスタートラインは上げ潮で大量のBFDを出す緊迫した軽風での2レース。
最終日は、2時間近くの風待ちの後出艇し、リミットぎりぎりで最終レースをスタートさせこの時期としては、奇跡的に全レース行うことができました。

その中でも、突出していたのは、上位2校の実力でした。スピードも速いけど、タックがとにかく止まらない。基本動作の完成度は群を抜いていたように感じました。

インターハイは高校生の集大成の大会で、勝つことも大切だけど、それよりも、そこを目指した過程や、インターハイが近付くにつれ、高まる気持ちや不安や会場の雰囲気、他の地域の仲間とか、そういうことを大事にしてほしい。 
 結果が出た後、それまでの過程にもし、後悔があるならばそれとしっかり向き合って糧にしてほしい。満足しているのなら自信に繋げてほしいけど、ここで満足することにさほど意味はない気がする。それよりも、あのときああすれば良かったをここでしっかり味わって、二度とそういう思いをしたくない、一生懸命やったから後悔はしていないなんて絶対言わないで、結果を求めて努力して失敗と向き合えるような強さを特に男の子には持ってほしいと思います。 
だからというわけではないけど、男子高校生は自分で考えて練習して、気合でインターハイに行って失敗してほしい。
そして、再チャレンジをしてほしいです。

そんな高校生に送りたいこの言葉。
芸術家、岡本太郎氏は著書「自分の中で毒を持て」での一節です。
「自由に、明朗に、あたりを気にしないで、のびのびと発言し、行動する。そ れは確かに難しい。苦痛だが、苦痛であればあるほど、たくましく挑み、乗りこえ、自己を打ち出さなければならない。若い時こそそれが大切だ。この時代に決 意しなければ、一生、生命はひらかないだろう。」

激しく挑み続けても、世の中は変わらない、けど、自分は変わる。

自分もがんばろう。

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2011年8月21日 (日)

土門拳記念館

インターハイを取材に来ていたジャーナリストの先輩と一緒に山形の酒田にある写真家の土門拳美術館に行ってきました。 

http://www.domonken-kinenkan.jp/domonken_img/sakuhin/hiroshima.html

彼が生涯をかけた仏像の写真の他に企画展として「ヒロシマ」展も開催されていました。

冒頭に展示されていた。彼の著書の文章が非常に印象的でした。

以下抜粋です。
「1952年(昭和32年)7月23日午後2時40分着の急行「安芸」でぼくは生まれてはじめて広島の土を踏んだ。「週刊新潮」のグラフを撮りに行ったのだ。
広島に原爆が投下された1945年(昭和20年)8月6日は、それ自身として明白な過去である。僕たち自身も「ヒロシマ」はもはや過去のこととして忘却のかなたにおいてきた。なぜなら、現代に生きるぼくたちは、マス・コミュニケーションの中に呑みこまれてしか、ものを知らされることも、ものを考えることもできなくされているからである。13年前の古い出来事である「ヒロシマ」は、今日只今の何かに結び付かないかぎり、今さらマス・コミュニケーションの中に姿を現すことはない。
しかしぼくは、広島に行って、驚いた。これはいけない、と狼狽した。ぼくなどは「ヒロシマ」を忘れていたというより、実ははじめから何も知ってはいなかったのだ。13年後の今日もなお「ヒロシマ」は生きていた。
 それをぼくたちは知らなすぎた。いや正確には知らされなすぎたのである。(1953年刊行「ヒロシマ」より)」

「ヒロシマ」がそのまま「トウホク」置き換えられて読めて仕方がなかった。

いろいろ考えさせられた文章でした。

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2011年8月16日 (火)

全日本レーザー終了

江ノ島から帰ってきました。

微風シリーズであった全日本レーザーは、全9レースを消化し、総合10位でした。

1レース40分前後と短く、スタートが非常に重要なレースとなりました。ヨーロッパから引き続き、スタートが良くないレースとなってしまいました。

精神的にも、技術的にもまだまだプロフェッショナルには程遠い内容。

しかし、それを事実を捻じ曲げずにどうとらえるかが大切だと思います。
謙虚に反省してトレーニングし直します。

江ノ島で応援Tシャツを着てくれている方々がおり、とても嬉しかったです。ありがとうございました。また、諏訪湖のノザワさん。 広島でシャツを買っていただきありがとうございました。 タイミングをはかっているうちにご挨拶できずじまいでした。申し訳ございません。

いぶし銀の技術の光った前田選手が印象的でした。

2月の再選考まであと6カ月、良いレースとなりました。成果が出てなく、はたから見れば、謎のチャレンジに見えるかもしれませんが、たとえ一人だけになろうとも最後まで自分の気持ちはゴールを向き続けます。

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2011年8月 8日 (月)

江ノ島では

江ノ島では、午前中は学生のサポート。午後は自分の練習をしています。

ちょうど、気温が上がる午後にはいい風がはいるだろうという算段だったのですが、いまいち吹ききらないこの頃です。

江ノ島の周りは海水浴に来る人であふれかえっていますが、いつも海に行ってる自分にとっては、うきうきしながら海に向かう気持ちがほぼなくなっていることに気づきました。

大事な感性だとおもうのでいろいろ楽しみなことを考えながら海に行ってみようと思います。

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2011年8月 6日 (土)

ドライブ

さて、日本に慣れてきたところで、来週11日から始まるレーザー級全日本選手権に参加するため江ノ島にドライブです。

久々のロングドライブ、安全運転で行きます。

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